赤石館跡(読み)あかいしだてあと

日本歴史地名大系 「赤石館跡」の解説

赤石館跡
あかいしだてあと

[現在地名]南部町赤石 館

赤石の東、馬淵(まべち)川右岸に臨む断崖に位置する。名久井(なくい)岳の北麓の末端が馬淵川に突き出した場所を利用。東と西は渓谷、北は馬淵川に面し、南は山地続きとなる。東の沢地との比高約三〇メートル。慶長三年(一五九八)の館持支配帳に「一赤石館弐千石 一ツ目結月ニ星桜庭安房」とあり、天正(一五七三―九二)の頃には桜庭安房の居館であった。天正二〇年の諸城破却書上にはみえないので、この頃すでに廃棄されていたものとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む