足利義持館跡(読み)あしかがよしもちやかたあと

日本歴史地名大系 「足利義持館跡」の解説

足利義持館跡
あしかがよしもちやかたあと

室町幕府四代将軍義持館は、「薩戒記」応永三三年(一四二六)一月一五日条によれば「参室町殿入道内相府ノ御所、姉小路北方、万里小路東也」とあり、姉小路の北、万里小路東にあったようだが、「康富記」には「三条坊門殿」ともあり、北は三条坊門小路に面していたらしく、おそらく方一町を占めたものと思われる。これは現松下(まつした)町のほぼ全域と柳八幡(やなぎはちまん)町・東八幡(ひがしはちまん)町・菊屋(きくや)町の一部にあたる。

義持のこの館は応永一六年七月一八日に立柱の儀(花盛卿記)、一〇月一七日に鎮宅の法が執行され(東寺王代記)、一〇月二六日に北山第より移徙した(足利家官位記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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