日本歴史地名大系 「軽井沢新田」の解説 軽井沢新田かるいざわしんでん 千葉県:鎌ヶ谷市軽井沢新田[現在地名]鎌ヶ谷市軽井沢佐津間(さつま)村・粟野(あわの)村の東にあり、近世には印旛(いんば)郡に所属した。北は相馬(そうま)郡藤(ふじ)ヶ谷(や)村(現沼南町)。印旛郡の西端台地上を占め、東側の台地下の谷津内を手賀(てが)沼に注ぐ金山(かなやま)落が北流している。東隣の中木戸(なかきど)新田(現白井町)などとともに寛文―延宝期(一六六一―八一)に開発された新田と考えられ、延宝五年幕府代官伊奈左門の検地が行われている(文化一三年「村明細帳」清田家文書)。以降幕末まで幕府領で推移した(旧高旧領取調帳)。元禄郷帳では高三二五石余。天和二年(一六八二)には中木戸新田とともに藤ヶ谷村、富塚(とみつか)村(現白井町)との間で野論となり、幕府裁許が下され境界が確定した(川上家文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報