近藤氏館跡(読み)こんどうしやかたあと

日本歴史地名大系 「近藤氏館跡」の解説

近藤氏館跡
こんどうしやかたあと

[現在地名]飯田市山本 中平

高鳥屋たかどや山の東南麓、山本村の集落の中央中平なかだいらに位置する。

近藤氏は旗本で元和四年(一六一八)一二月重尭七歳の時、政成の遺領のうち五千石を伊那郡に受領し、立石たていしに陣屋を置いた。貞享二年(一六八五)重尭の子重信は立石竜文字りゆうもんじ郭を築いた。元禄六年(一六九三)山本に陣屋を移した。元文四年(一七三九)に立石に移し、宝暦四年(一七五四)に再び山本に移し、明治になって土着した。現在は石垣の一部が残るのみで往時面影はない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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