…このような住宅放火と追放を組み合わせた刑罰は,サモア島などポリネシアの民族にもかつて存在したことが知られ,この放火の意味については,家を焼くことにより,家を先祖に返すという供犠説がとられている。日本の刑罰としての放火も,逃亡百姓が自分の家をこわして逃亡する〈逃毀(にげこぼち)〉の慣行,大名の自焼没落の例などと考えあわせると供犠の意味があったといえるが,同時に,犯罪穢を除去し,領内の禍をたつという祓(はらい)=刑罰としての観念も存在したように思われる。【勝俣 鎮夫】
[近世]
戦国時代には焼打,自焼が頻繁に行われたが,太平の世に移るとこれらはごくまれになった。…
※「逃毀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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