道仁法親王(読み)どうにんほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「道仁法親王」の解説

道仁法親王 どうにんほうしんのう

1210-1263 鎌倉時代,土御門(つちみかど)天皇皇子
承元(じょうげん)4年生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)天台宗園城(おんじょう)寺の覚仁(かくにん)法親王弟子。静忠(じょうちゅう)から灌頂(かんじょう)をうけ,一身阿闍梨(あじゃり)となる。宝治(ほうじ)2年親王,のち法住寺門跡(もんぜき)から園城寺長吏にのぼる。大原野宮と称された。弘長(こうちょう)3年1月14日死去。54歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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