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順徳天皇 じゅんとくてんのう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

順徳天皇
じゅんとくてんのう

[生]建久8(1197).9.10. 京都
[没]仁治3(1242).9.12. 佐渡
第 84代の天皇 (在位 1210~21) 。名は守成 (もりひら) ,佐渡院とも呼ばれる後鳥羽天皇の第3皇子,母は藤原範季の娘,修明門院重子。王朝の権力を回復しようとする後鳥羽上皇は,源頼朝が死ぬと,承元4 (10) 年 11月土御門天皇に退位を迫り,順徳天皇を即位させた。

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デジタル大辞泉の解説

じゅんとく‐てんのう〔‐テンワウ〕【順徳天皇】

[1197~1242]第84代天皇。在位1210~1221。後鳥羽天皇の第3皇子。名は守成(もりなり)。承久の乱に敗れて佐渡に流され、同地で没。和歌に秀で、歌集「順徳院御集」、歌学書「八雲御抄」などがある。

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百科事典マイペディアの解説

順徳天皇【じゅんとくてんのう】

鎌倉初期の天皇。1210年即位。後鳥羽天皇第3皇子。父上皇の鎌倉幕府打倒計画に参加,1221年に仲恭(ちゅうきょう)天皇に譲位して事を起こしたが失敗し,幕府のため佐渡に流され,在島22年ののち没した。
→関連項目神野真国荘仲恭天皇土御門天皇水無瀬神宮六代勝事記

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

順徳天皇 じゅんとくてんのう

1197-1242 鎌倉時代,第84代天皇。在位1210-21。
建久8年9月10日生まれ。後鳥羽(ごとば)天皇の第3(または第2)皇子。母は藤原重子(修明門院)。兄土御門(つちみかど)天皇の譲位をうけて14歳で即位。父の院政下にあって,皇子仲恭天皇に位をゆずり父とともに討幕の戦い(承久(じょうきゅう)の乱)をおこすが,敗れて佐渡に流された。仁治(にんじ)3年9月12日同地で死去。46歳。墓所は大原陵(みささぎ)(京都市左京区)。諱(いみな)は守成(もりなり)。別名に佐渡院。著作に「禁秘抄」「八雲御抄(やくもみしょう)」など。
【格言など】ももしきや古き軒端の忍ぶにもなほ余りある昔なりけり(「小倉百人一首」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

順徳天皇

没年:仁治3.9.12(1242.10.7)
生年:建久8.9.10(1197.10.22)
鎌倉前期の天皇。諱 は守成。在位は承元4(1210)~承久3(1221)。後鳥羽天皇の第3皇子。母の修明門院重子は後鳥羽を養育した従二位(贈左大臣正一位)藤原範季の娘で,二条局と称して後鳥羽に仕え,寵を得て愛妃となった。その母が後鳥羽の腹心の女房卿二位の養女であったために,順徳は卿二位邸で誕生し,正治1(1199)年に3歳で父院の御所に引き取られるまで,卿二位に育てられたとみられる。同年11月親王となり,翌2年4月東宮となる。承元2(1208)年12月元服。同4(1210)年11月,14歳で即位。この間,父と同居したが,しばしば乳父藤原範光邸を御所とした。即位後の内裏は閑院であった。在位中は後鳥羽の院政下であったため,政務にあずかることはなく,有職故実の研究や,和歌,詩,管弦など芸能の修練に傾倒した。著書に,内裏の公事・故実,天皇や側近のあり方などを記した『禁秘鈔』や従来の歌論を集大成した『八雲御抄』などがある。後鳥羽上皇の討幕計画(承久の乱)に参画し,それに備えるため乱の直前の承久3(1221)年4月,東宮懐成(仲恭天皇)に譲位した。しかし乱の敗退で同年7月佐渡に配流され,配所で崩じた。配流後は佐渡院と称されたが,建長1(1249)年,順徳院と追号された。

(秋山喜代子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

じゅんとくてんのう【順徳天皇】

1197‐1242(建久8‐仁治3)
第84代に数えられる天皇。在位1210‐21年。後鳥羽天皇の第3皇子。名は守成,のち佐渡院とも称す。母は高倉範季の娘修明門院重子。土御門天皇の皇太弟を経て即位。後鳥羽上皇の討幕計画に参画。そのため承久の乱直前の1221年(承久3)4月仲恭天皇に譲位したが,結局,乱に敗れて佐渡に配流され,同所で没した。歌学書《八雲御抄(やくもみしよう)》,有職書《禁秘抄》を著し,日記を《順徳院御記》という。陵墓は真野陵(新潟県佐渡郡真野町),大原陵(京都市)。

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大辞林 第三版の解説

じゅんとくてんのう【順徳天皇】

1197~1242) 第八四代天皇(在位1210~1221)。名は守成。後鳥羽天皇の皇子。父上皇とともに承久の乱を起こして佐渡に流され、同地で没した。著に「八雲御抄」「禁秘抄」「順徳院御記」がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

順徳天皇
じゅんとくてんのう
(1197―1242)

第84代の天皇(在位1210~21)。名は守成(もりなり)。後鳥羽(ごとば)天皇の第3皇子。母は藤原範季(のりすえ)の女(むすめ)重子(修明門院(しゅめいもんいん))。建久(けんきゅう)8年9月10日誕生。父の後鳥羽上皇とともに討幕計画を進め、1221年(承久3)に承久(じょうきゅう)の乱を起こしたが、幕府軍に敗れ、佐渡に配流された。学問を好み、また優れた歌人でもあった。故実書『禁秘抄(きんぴしょう)』、歌論書『八雲御抄(やくもみしょう)』の著作があり、歌集に『順徳院御集』がある。仁治(にんじ)3年9月12日、配所で没した。陵墓は京都市左京区大原来迎院(らいごういん)町の大原陵。[山本博也]

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世界大百科事典内の順徳天皇の言及

【金井[町]】より

…国道筋に縄文遺跡,国府川筋に弥生末期を中心とする千種(ちぐさ)遺跡がある。泉の里は順徳上皇配所の地で,明治末に整備された黒木御所跡,近くには世阿弥の配所跡とされる正法寺がある。【磯部 利貞】。…

【禁秘抄】より

順徳天皇が著した有職書。2巻あるいは3巻。成立年代は数説あり一定しないが,和田英松によれば1219‐21年(承久1‐3)。《禁中抄》《建暦御記》ともいう。宮中の毎日恒例の次第,毎日事,臨時の大事,賢所,清涼殿のことから蔵人,殿上人,女官,勅書,宣命,改元といった天皇として必要な故実を記す。《群書類従》《列聖全集》《皇学叢書》に所収。【清田 善樹】…

【水無瀬神宮】より

…大阪府三島郡島本町広瀬に鎮座。後鳥羽天皇,土御門天皇,順徳天皇をまつる。社地は後鳥羽上皇の離宮水無瀬殿の跡。後鳥羽上皇は承久の変により,隠岐へ移され,1239年(延応1)没したが,その14日前,水無瀬信成・親成父子に遺書置文を下し,菩提を弔うよう命じた。よって翌年この地に御影堂を建てたのが当社の草創で,以後奉斎し,後土御門天皇が1494年(明応3)水無瀬宮の神号を奉じた。しかし,なお仏式で追修されてきたが,1873年官幣中社とし,同じく承久の変で阿波に移された土御門天皇の神霊,佐渡に移された順徳天皇の神霊をむかえ合祀し,1939年3月後鳥羽天皇700年祭に官幣大社に昇格,水無瀬神宮と改称した。…

【八雲御抄】より

…鎌倉前期の歌論。順徳天皇著。承久の乱(1221)ころ原形が成った草稿本と,加筆訂正して藤原定家に書き送られた精撰本とがある。歌の種類や制約(正義部),歌合や撰集の先例(作法部),歌に詠むべきことば(枝葉部),歌やことばの解釈(言語部),歌論(用意部)などについて述べ,6部6巻から成る。幽玄を賞揚している点,従来の歌学書を集大成した点に特色を有し,後世の歌学に大きな影響を与えた。【赤瀬 知子】…

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