道瀬遺跡(読み)どうぜいせき

日本歴史地名大系 「道瀬遺跡」の解説

道瀬遺跡
どうぜいせき

[現在地名]南勢町迫間浦 道瀬

しよ湾の北西隅にあり、東の波打際に接した、弥生時代から鎌倉時代の各時代に断続的に形成された遺跡。西側は標高二九一・九メートルの鶴路つるじ山から東へ延びる丘陵が海岸近くまで迫る。周囲は海食崖となり、きわめて狭い海浜の低い崖面には、厚さ一メートルから〇・五メートル、長さ六〇メートルほどの遺物包含層が露出し、大小の礫が散在する砂浜には土器片が波に洗われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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