道賀村(読み)どうがむら

日本歴史地名大系 「道賀村」の解説

道賀村
どうがむら

[現在地名]新発田市道賀

桑口くわのぐち村の北から西にかけて位置し、北を加治かじ川が西流する。対岸草荷そうか(現北蒲原郡加治川村)一帯低湿田野であったが、加治川の河道改修などにより開発され、西方に枝郷道賀新田(現同郡聖籠町)がある。新発田藩領で、慶長三年(一五九八)頃の御領内高付帳(新発田市史資料)に村名がみえ、高七四石一斗余。同一七年の御蔵納同払方帳(同資料)に新発田組として七〇石九斗余、ほど役一石五斗。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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