遠山利景(読み)とおやま としかげ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「遠山利景」の解説

遠山利景 とおやま-としかげ

1541-1614 織豊-江戸時代前期の武将
天文(てんぶん)10年生まれ。美濃(みの)(岐阜県)明知城主。天正(てんしょう)2年武田勝頼(かつより)軍に城をうばわれるが翌年奪回。のち徳川家康にしたがい駿河(するが)(静岡県)にうつる。関ケ原の戦いでは西軍のこもる明知城を攻略,慶長8年旧領6500石余をあたえられ,旗本となる。慶長19年5月20日死去。74歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の遠山利景の言及

【遠山氏】より

…維新後子爵。遠山利景も関ヶ原の功として1603年,武田氏に奪われた明知城6500余石を与えられ,次の方景のときに同城を廃して陣屋を置き,代官村上氏を派して民政にあたらせ,旗本として維新に至る。なお武蔵,相模,甲斐,三河などにも室町時代に遠山姓の武士がみられるが,上述の遠山氏との関係は不明。…

※「遠山利景」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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