郡山郷(読み)こおりやまごう

日本歴史地名大系 「郡山郷」の解説

郡山郷
こおりやまごう

鹿児島藩の近世外城の一つ。薩摩半島の北部、日置郡北東部に位置し、鹿児島城下から四里半の地にある(「三州御治世要覧」など)。郡山・西俣にしまた油須木ゆすき・東俣・川田かわだ厚地あつちの六ヵ村からなる(同書)中世満家みついえ院の西部域、郡山を中心とした一帯にあたり、南北朝期には郡山に郡山城が築かれていた。戦国時代末期、島津氏家臣の平田光宗に郡山が与えられたとされるが(鹿児島県地誌)、その孫平田増宗が慶長一五年(一六一〇)に島津家久の密命により入来いりき峠で暗殺され断絶(「押川強兵衛一世覚書」旧典類聚)跡地は藩の直轄外城、郡山郷となった(薩摩国各郡管轄沿革)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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