酒井忠高(読み)さかい ただたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「酒井忠高」の解説

酒井忠高 さかい-ただたか

1712-1774 江戸時代中期の武士
正徳(しょうとく)2年生まれ。酒井忠続の養子小姓組から徒頭(かちがしら),先手鉄炮頭などをへて,明和3年奈良奉行となる。神社の鹿を殺した者を死刑にせず赦免するなど,法より人をおもんじる判決をくだした。7年京都町奉行。安永3年3月6日死去。63歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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