酒呑村(読み)しやちのみむら

日本歴史地名大系 「酒呑村」の解説

酒呑村
しやちのみむら

[現在地名]豊田市幸海こうかい

ともえ川の支流矢並やなみ川の上流に位置する。平古ひらこ二本木にほんぎ―酒呑から霧山きりやま(現東加茂郡足助町)を経由して足助あすけ(現足助町)に抜ける塩の道足助街道が通る。字ジュリンナには、先土器時代および市内最古の縄文時代の酒呑ジュリンナ遺跡がある。また、イリガイトというカイト名が残り、字ウジエには宝篋印塔二基、字サクゾには一石五輪塔一基、字いけいりの墓地には宝篋印塔三基・一石五輪塔二基がある(松平町誌)。近世初めは幕府領、寛永二年(一六二五)酒呑鈴木友之助重氏領、元禄六年(一六九三)本家は無嗣絶家となるが、弟政房が分知された三〇〇石のなかに酒呑・重田和しげたわ西野にしの村の四八石余が含まれて、以後明治まで続く。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む