重竹遺跡(読み)しげたけいせき

日本歴史地名大系 「重竹遺跡」の解説

重竹遺跡
しげたけいせき

[現在地名]関市下有知

長良川支流の赤谷あかだに川の東岸、段丘状に広がる台地の低位部にある縄文時代から近世にかけての複合遺跡。昭和五三年(一九七八)と同五五―五七年にA・B地点で発掘調査が行われ、A地点では中世墓とみられる四五〇基を超す土壙と一四世紀末から一七世紀初頭にかけての刀鍛冶屋敷跡を検出。B地点では七世紀後葉から八世紀中葉にかけての竪穴住居跡七七と中世墓とみられる二千基近い土壙群、および地下式土壙などを確認。両地点から土師器須恵器灰釉陶器尾張瀬戸常滑の中世陶器、瀬戸・美濃の大窯製品や登窯初期の製品、中国陶磁などが出土

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む