野堂町(読み)のどうちよう

日本歴史地名大系 「野堂町」の解説

野堂町
のどうちよう

[現在地名]平野区平野本(ひらのほん)町三―五丁目・平野東(ひらのひがし)一―二丁目など

平野郷(ひらのごう)町を構成した七町四散郷の一町。七町のうち一番古く開かれたといわれる。街衢の東南部を占め、北は市(いち)町、西は北から西脇(にしわき)町・背戸口(せとぐち)町、西から南は流(ながれ)町に接する。東北部の樋尻口で八尾(やお)街道、南端出屋敷口・田畑口で大坂道に通ずる。寛政九年(一七九七)の高は一千三三六石余、古軒役は一六八軒(「雑記」土橋家文書)。宝永三年(一七〇六)の竈数六二三・人数二千六二三、享保一七年(一七三二)の竈数六六八・家数四七四・人数二千三六〇、天保七年(一八三六)には竈数三九三・人数一千六六七(各年「覚帳」杭全神社蔵、ただし寺社・坂上家関係のぞく)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む