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平野郷 ひらのごう

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百科事典マイペディアの解説

平野郷【ひらのごう】

摂津国住吉郡にあった在郷町で,現在の大阪市平野区平野一帯にあたる。平野郷町ともいい,街衢(がいく)は平野川西岸にあり,環濠(かんごう)に囲まれていた。奈良街道,八尾街道,大坂街道が通り,中高野(こうや)街道の起点という陸上交通の要衝であるとともに,平野川に続く水路を通じて柏原船が就航する物資の集散地であった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ひらのごう【平野郷】

摂津国住吉郡の在郷町(現,大阪市平野区)。中世には平等院領杭全荘(くまたのしよう)などがあったが,戦国期に環濠都市として発展,七名家といわれる末吉,土橋(つちはし),三上,成安,辻葩(つじはな)らが年寄として支配した。自治意識が強く,三好氏の代官本庄加賀守の排斥や,織田信長にも堺と連合して抵抗し,その代官蜂屋頼隆の下代排斥を行った。織田政権下では年貢定金納,地下請(じげうけ),市津料(ししんりよう)・陣夫(じんぷ)免除,徳政免除などの特権を認められ,豊臣前期にもその多くが継続された。

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世界大百科事典内の平野郷の言及

【油】より

…そのころ原料もエゴマ・ゴマからナタネへと重心が移り,さらに綿実(わたざね)も登場して,ナタネから絞った水油と綿実から絞った白油が近世の油の主流となった。江戸・大坂の需要に応ずる近世の絞油業は,まず大坂長堀川に臨む船場・島之内と天満を中心に展開し,また1705年(宝永2)摂津平野郷には綿実絞油屋が28軒を数えた。14年(正徳4)に大坂へ積み登された商品中,価額の大きいものとして米に次いでナタネ(登せ高15万1000石,銀28万貫)があり,また大坂より諸国へ積み下した商品の筆頭は水油であった。…

【平野藤次郎】より

…大坂平野郷の豪家末吉の一統で,朱印船貿易家,銀座頭役,それに摂津国平野の代官職を務めた。父は末吉藤右衛門の三男次郎兵衛(長成)といい,その次男が藤次郎(正貞)で姓を平野と改めた。…

※「平野郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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