野忽那村(読み)のぐつなむら

日本歴史地名大系 「野忽那村」の解説

野忽那村
のぐつなむら

[現在地名]中島町野忽那

忽那くつな七島東端に位置する小島野忽那島にある。全島一村。南には興居ごご(現松山市)、西には無須喜むずき(現睦月島)がある。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)風早郡の項に「野忽那村 日損所、芝山有、林少有」とみえ、村高六八石七斗八升、うち田六一石二斗八升、畑七石五斗とある。

江戸時代は松山藩領。「忽那嶋開発記」に藤原親賢の子三郎大輔親朝が一一世紀末頃までに開発したと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む