野根城跡(読み)のねじようあと

日本歴史地名大系 「野根城跡」の解説

野根城跡
のねじようあと

[現在地名]東洋町野根 池

天満(てんまん)寺裏山の通称古城(こじよう)山にあった城で、現在頂に愛宕(あたご)神社が祀られる。近世の初め同社を勧請し社地を造成した際、古銭や陶器片などが出土したと伝え、現在も土塁や空堀の跡が認められる。城主は戦国期に野根・甲浦(かんのうら)を支配した惟宗氏。安芸郡各地で勢力のあった一族で、延文五年(一三六〇)七月二二日付の池山若一王子御願請之御時日記(蠧簡集)に「地頭散位惟宗朝臣長盛」とあるのを初見とし、野根八幡宮・池山(いけやま)寺観音堂・河内八幡宮・甲浦熊野神社などの棟札に長親・益長・毘沙楠丸・国長ら歴代の名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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