河内八幡宮(読み)かわうちはちまんぐう

日本歴史地名大系 「河内八幡宮」の解説

河内八幡宮
かわうちはちまんぐう

[現在地名]東洋町河内

白浜しらはま北西小池こいけ川の河口から七〇〇メートルほどさかのぼった西岸山麓に鎮座祭神は応神天皇。旧郷社。「南路志」所収の棟札の一枚に「享禄四辛卯年十一月廿一日 新造立八幡宮 地頭惟宗朝臣毘沙楠丸 本願平中島泰親右衛門尉」とある。地頭惟宗毘沙楠丸は最後の野根のね城主惟宗国長である可能性が強い。甲浦かんのうら城を築き、この地域を守護する武人として、八幡宮の勧請は必須のことであったが、狭い甲浦にはその土地がなく、隣接したこの場所を社地に選んだものであろう。

惟宗国長が追われたあと甲浦城に入った桑名将監も、天正一七年(一五八九)社殿を造立(南路志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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