金剛院城跡(読み)こんごういんじようあと

日本歴史地名大系 「金剛院城跡」の解説

金剛院城跡
こんごういんじようあと

[現在地名]武生市深草二丁目

現金剛院の地にあり、青木善右衛門の居城跡と伝えるが、慶長一五年(一六一〇)城跡に金剛院が寺基を移したため、後世この城跡名が生れた。善右衛門は府中城主青木紀伊守秀以の甥にして猶子で、文禄元年(一五九二)秀以が府中に入部すると、その城代として善右衛門が当城に居城したと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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