金岳陽(読み)こん がくよう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「金岳陽」の解説

金岳陽 こん-がくよう

1758-1813 江戸時代中期-後期儒者
宝暦8年2月10日生まれ。山本北山にまなび,出羽(でわ)久保田藩(秋田県)につかえる。財用奉行などをへて藩校明徳館でおしえ,祭酒(学頭)となった。文化10年10月16日死去。56歳。名は秀実,秀順。字(あざな)は天祐通称は宇平治。別号に寛斎,玉振。著作に「孝経義」「論語始末」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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