金沢山八幡神社(読み)かねざわやまはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「金沢山八幡神社」の解説

金沢山八幡神社
かねざわやまはちまんじんじや

[現在地名]横手市金沢字安本館

厨(くりや)川に架かる橋のたもとから金沢柵(かねざわのさく)があった丘陵を登ると、通称二の丸(比高約九〇メートル)跡東端にある。この道について「月の出羽路」に、追手口の道幅は一丈余とある。現在の祭神は、息長帯姫命・誉田別尊・玉依比売命のほか、明治四〇年(一九〇七)以降合祀された諸社の祭神六柱。旧県社。

源義家が後三年の役で金沢柵に拠った清原武衡・家衡を打ち破り得たのは石清水八幡の加護の賜であるとして勧請したと、当社縁起ならびに「月の出羽路」は伝える。享保二年(一七一七)の羽陽金沢山八幡神社記(月の出羽路)に「神殿安置於阿弥陀之仏像金像長可三寸也、是乃被納義家将軍之守護本尊也云々、中葉已降習合之説、以弥陀仏而必為八幡大神奉号誉田天皇応神天皇是也之本地也」とあり、八幡宮社録(同書)に「御正体秘蔵印子金座形ノ御神像 御長三寸許。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む