日本歴史地名大系 「金沢山八幡神社」の解説
金沢山八幡神社
かねざわやまはちまんじんじや
[現在地名]横手市金沢字安本館
源義家が後三年の役で金沢柵に拠った清原武衡・家衡を打ち破り得たのは石清水八幡の加護の賜であるとして勧請したと、当社縁起ならびに「月の出羽路」は伝える。享保二年(一七一七)の羽陽金沢山八幡神社記(月の出羽路)に「神殿安置於阿弥陀之仏像
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
源義家が後三年の役で金沢柵に拠った清原武衡・家衡を打ち破り得たのは石清水八幡の加護の賜であるとして勧請したと、当社縁起ならびに「月の出羽路」は伝える。享保二年(一七一七)の羽陽金沢山八幡神社記(月の出羽路)に「神殿安置於阿弥陀之仏像
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