金鑵城跡(読み)かなつるべじようあと

日本歴史地名大系 「金鑵城跡」の解説

金鑵城跡
かなつるべじようあと

[現在地名]小野市昭和町

青野原(あおのがはら)台地の東端、標高約九四メートル、比高約六〇メートルの地点に位置する。眼下は加古川とその支流である東条(とうじよう)川、万願寺(まんがんじ)川が合流する地点である。この地は有馬(ありま)(現神戸市北区)と姫路を結ぶ街道筋にあたり、「播磨鑑」にも姫路から丑寅の方五里と里程が記されている。城主は中村氏とされる(赤松家播備作城記)。中村氏は守護赤松氏の被官で、永享四年(一四三二)隣接する西河合(にしかわい)(現加西市)に所領を有していた(同年四月一四日「室町幕府裁許状写」御前落居記録所収文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報