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金陵八家 きんりょうはっかJin-ling-ba-jia

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

金陵八家
きんりょうはっか
Jin-ling-ba-jia

中国,清初期に龔賢 (きょうけん) を中心とし,同時期に江蘇省金陵 (南京) で活躍した樊圻 (はんき) ,高岑 (こうしん) ,鄒てつ (すうてつ) ,呉宏,葉欣 (しょうきん) ,胡慥 (こぞう) ,謝そん (しゃそん) の8人の画家をいう。 龔をはじめ多くは金陵に流寓した者。山水画においてやや 龔賢の影響がみられ,相互に多少の画法上の関連はあるがそれぞれ個性的画風をもち,清初の画壇で特筆すべきグループ。清の張庚による『国朝画徴録』に基づく呼称。

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世界大百科事典 第2版の解説

きんりょうはっか【金陵八家 Jīn líng bā jiā】

中国,清代初期に金陵(南京)で活躍した8人の画家。一般には張庚《国朝画徴録》にいう龔賢(きようけん),葉欣(しようきん),胡慥(こぞう),謝蓀(しやそん),樊圻(はんき),高岑(こうしん),鄒喆(すうてつ),呉宏。前4者の代りに,陳卓,蔡霖滄(さいりんそう),李又李(りゆうり),武丹を入れる周亮工の説もある。さらに王蓍(おうし),王概,柳堉(りゆういく),高遇らを加えて金陵派と呼ぶ。明末の奇想の画家の影響による個性主義の傾向もみえ,周亮工を中心に遺民としてのつながりや,職業画家の性格をもつ画家などさまざまである。

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世界大百科事典内の金陵八家の言及

【清代美術】より

…1708‐80)らは画院に奉職した西洋人で,文字どおり皇帝の手足として馬,珍禽異獣,戦争,皇帝后妃の容姿などを写して画院本来の使命を果たした。 四王呉惲の後,安定した市場を求めて,康熙年間(1662‐1722)南京に集まった画家を金陵八家(龔賢(きようけん),高岑(こうしん),樊圻(はんき),呉宏,鄒喆(すうてつ),胡慥(こぞう),謝蓀(しやそん),葉欣(しようきん))とよび,乾隆年間揚州に流寓,あるいは往来した画家群を揚州八怪(金農,黄慎,李方膺,高翔,高鳳翰,汪士慎,閔貞(びんてい),華嵒(かがん),鄭燮(ていしよう),李鱓(りぜん),羅聘(らへい)ら)とよぶ。前者は多く科挙という文官試験に失敗した末の転身であり,文学結社に出入りした読書人によって構成され,宮廷画院とは別に西洋の影響を受けたとみなされる。…

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