コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

龔賢 きょうけん Gong Xian

3件 の用語解説(龔賢の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

龔賢
きょうけん
Gong Xian

[生]?
[没]康煕28(1689)
中国,清の文人画家。崑山 (江蘇省) の人。名は豈賢,字は半千,野遺,号は柴丈人,半畝。明滅亡後各地を遍歴,のち金陵 (南京) 清涼山下に移り,貧困のうちに詩文書画を制作。個性的な画家として早くから名を揚げ,金陵八家の中心となった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

きょうけん【龔賢 Gōng Xián】

1619‐89
清代初期の画家。字は半千。号は半畝(はんぽ),野遺,柴丈人など。江蘇省崑山の人であるが,早くに金陵(南京)に移り住んだ。明の滅亡後江蘇省泰州,揚州を遍歴して詩人を志した。1664年(康熙3)に南京に帰り,清涼山下の半畝園に住んだ。明の遺民のみと交際し,潤筆を重ねた独特の画法により寂寥無人の山水をかき,〈前に古人なく,後に来者なし〉と自称した。詩集《草香堂集》の抄本が近年発見されており,画論に《画訣(がけつ)》がある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


きょうけん
(?―1689)

中国、清(しん)代初期の画家。生年は一説では1599年。字(あざな)を半千または野遺(やい)といい、半畝(はんぽ)、柴丈人などと号した。金陵(南京(ナンキン)。明(みん)朝建国の地)に清初に在住した8人の画家、いわゆる金陵八家(賢、樊圻(はんき)、高岑(こうしん)、鄒(すうてつ)、呉宏(ごこう)、葉欣(きん)、故慥(こぞう)、謝)を代表する文人画家である。江蘇(こうそ)省崑山(こんざん)の人で、各地遍歴ののち、1669年(康煕8)ころ南京郊外の清涼山の麓(ふもと)に半畝園を営み、作物をつくって住み、90歳近くまで生きた。清朝に対する反抗の意志を絵筆に託した明の遺民画家の一人として、孤高精神をもって清貧に甘んじながら、抽象山水ともいえるきわめて個性的な山水画を描いた。[星山晋也]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の龔賢の言及

【金陵八家】より

…中国,清代初期に金陵(南京)で活躍した8人の画家。一般には張庚《国朝画徴録》にいう龔賢(きようけん),葉欣(しようきん),胡慥(こぞう),謝蓀(しやそん),樊圻(はんき),高岑(こうしん),鄒喆(すうてつ),呉宏。前4者の代りに,陳卓,蔡霖滄(さいりんそう),李又李(りゆうり),武丹を入れる周亮工の説もある。…

※「龔賢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

龔賢の関連キーワード秦祖永戴王綸王巌張澹潘曙馮仙湜文点森文礼羅牧仲人口は半分に聞け

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone