金隈村(読み)かねのくまむら

日本歴史地名大系 「金隈村」の解説

金隈村
かねのくまむら

[現在地名]博多区金の隈(かねのくま)一―三丁目・立花寺(りゆうげじ)一―二丁目・金隈

席田(むしろだ)郡に所属。御笠(みかさ)川上流右岸、立花寺村の南東に位置する。南は御笠郡畑詰(はたつめ)村(現大野城市)。観応二年(一三五一)一〇月日の島津氏久軍忠状写(島津家文書/南北朝遺文(九州編)三)などに「金隈合戦」とみえ、足利尊氏方の一色範光に属した島津氏久は、九月二八日に当地で足利直冬方の今川直貞と合戦し、自身が負傷したほか若党数名が戦死した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む