金隈村(読み)かねのくまむら

日本歴史地名大系 「金隈村」の解説

金隈村
かねのくまむら

[現在地名]博多区金の隈かねのくま一―三丁目・立花寺りゆうげじ一―二丁目・金隈

席田むしろだ郡に所属。御笠みかさ川上流右岸、立花寺村南東に位置する。南は御笠郡畑詰はたつめ(現大野城市)。観応二年(一三五一)一〇月日の島津氏久軍忠状写(島津家文書/南北朝遺文(九州編)三)などに「金隈合戦」とみえ、足利尊氏方の一色範光に属した島津氏久は、九月二八日に当地で足利直冬方の今川直貞と合戦し、自身が負傷したほか若党数名が戦死した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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