釜口浦(読み)かまぐちうら

日本歴史地名大系 「釜口浦」の解説

釜口浦
かまぐちうら

[現在地名]東浦町釜口、淡路(あわじ)町釜口

釜口村の南、佐野(さの)村(現津名町)との境の妙見(みようけん)山の山並が海にそのまま落込む傾斜地にある。釜口村の枝浦で(反別戸数取調書)、正保国絵図・天保郷帳などでは釜口村に含まれる。寛政二年(一七九〇)には無高で、家数二二・人数六八、船六、牛馬各一(「来馬組家数人数等相約帳」正井家文書)。反別戸数取調書には釜口村とは別に釜口浦がみえ、無高、家数三〇・人数一四七。漁業の中心は網漁で、夏から秋にかけてはおもに手繰網漁をしていたが、それ以外の季節は地先海面において建網漁を行っていた(天保一二年―安政六年「月並御案内控帳」正井家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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