針ヶ曾根村(読み)はりがそねむら

日本歴史地名大系 「針ヶ曾根村」の解説

針ヶ曾根村
はりがそねむら

[現在地名]中之口村針ヶ曾根

三門新みつかどしん村の東南六分ろくぶ村の北にあり、なかくち川左岸に近く立地、集落本村島田しまだに分れる。天正五年(一五七七)の三条領闕所帳(市川浩一郎氏蔵)に「針か曾祢村」とある。元和六年(一六二〇)の三条御引渡郷村帳(幸田重寛氏文書)では高一六三石五斗余。同九年以降幕府領新潟組支配に属し、年貢取米高は寛永一二年(一六三五)一六七石二斗余、同一八年一四一石四斗余であり、当時の村高は二九八石九斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む