日本歴史地名大系 「銭屋遺跡」の解説
銭屋遺跡
ぜにやいせき
[現在地名]美東町絵堂 銭屋
長州藩(萩藩)銭座跡。
江戸幕府は寛永一三年(一六三六)江戸と近江に銭座を設けて、寛永通宝の鋳造を始めたが、翌一四年新銭の流通不足を補うため八藩に鋳銭を命じた。萩藩もその一つで、ここに銭座を設け三年余り寛永通宝を鋳造した。銭座の位置については、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
長州藩(萩藩)銭座跡。
江戸幕府は寛永一三年(一六三六)江戸と近江に銭座を設けて、寛永通宝の鋳造を始めたが、翌一四年新銭の流通不足を補うため八藩に鋳銭を命じた。萩藩もその一つで、ここに銭座を設け三年余り寛永通宝を鋳造した。銭座の位置については、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...