鍛冶内村(読み)かじうちむら

日本歴史地名大系 「鍛冶内村」の解説

鍛冶内村
かじうちむら

[現在地名]姫路市豊富町豊富とよとみちようとよとみ

橋爪はしづめ村の北に位置し、いち川中流左岸の沖積地に立地する。中世には蔭山かげやま庄に含まれ、加治かじ村とよばれた。応永三二年(一四二五)九月日の蔭山庄惣田数注文案(九条家文書)に「二町六段廿代十八歩 加治村」とみえ、当時の蔭山庄を構成する二四の村および名の一つであった。慶長七年(一六〇二)乾平右衛門は姫路城主池田輝政から「鍛冶の内」のうちで一二石余など都合一〇〇石を加増されている(「池田輝政家臣地方知行状」鳥取県立博物館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む