鎰町(読み)かぎまち

日本歴史地名大系 「鎰町」の解説

鎰町
かぎまち

[現在地名]堺市南旅篭みなみはたご西にし三丁・南半みなみはん西にし三丁

江川えがわ町の西、大道の西七筋目の通りを挟む両側と、小農人このうにん町と江川町の南、南半町側の飛地からなり、文字どおり鉤状に曲がった町。元禄二年(一六八九)堺大絵図によると北半部は二三筆、南半部は短冊状に南北に長い七筆からなり、町会所は北半部にある。当町は公儀預地であった。所属町組は四辻制では南端郷付町分(同八年堺手鑑)、南北二組制では南組浜筋分に属した(堺市史)。寛政一一年(一七九九)の家数三三、石銀高一一四匁余、家役三一(うち無役一・八)年寄は秤屋勇助(同書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む