長原古墳群(読み)ながはらこふんぐん

日本歴史地名大系 「長原古墳群」の解説

長原古墳群
ながはらこふんぐん

[現在地名]長野市若穂保科

千曲川の東岸、支流保科川が形成した狭長な扇状地扇央に位置する。二〇基に近い積石塚円墳群で、昭和四二年(一九六七)にこのうちの七基が調査された。規模はいずれも径一〇メートル、高さ二メートル前後の周湟をもたないもので、埴輪も発見されていない。内部主体はやや胴張りを見せる横穴式石室で、この古墳群に属するニカゴ塚だけが天井部を合掌形に構築している。みな既掘の状態にあったが、調査の結果、数次にわたっての追葬が認められ、出土した須恵器様相から中には八世紀まで利用されていたもののあることが判明した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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