保科川(読み)ほしながわ

日本歴史地名大系 「保科川」の解説

保科川
ほしながわ

[現在地名]長野市若穂

保基谷ほきや(一五二九・一メートル)北面の沢水を集めて北流、音坂おとざかで右方の高岡たかおか川を合わせ北西に曲り、左方へ扇状地を形成。旧小出こいで村境狐崎きつねざき辺から北流するとともに天井川化し、右方に小出の扇状地を形成する。川は牛島うしじま北東で赤野田あかんた川を合わせ、旧綿内わたうち村堤外を流れて千曲川へ注ぐ。全長およそ一二キロ。保科川は俗称ひし川という。

保科・小出・綿内の用水源をなす。保科は音坂で分水して左方の扇状地へ通水。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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