長尾山古墳(読み)ながおやまこふん

日本歴史地名大系 「長尾山古墳」の解説

長尾山古墳
ながおやまこふん

[現在地名]備前市畠田

香登かがと平地と南側の邑久おく長船おさふね町の平野を隔てて、標高一〇〇メートル内外の丘陵東西に連なっている。当墳はこの山地北西端に近い尾根上にあり、付近では最大の前方後円墳。古墳時代初期の典型的な墳形を示しており、長軸の長さ約六七・五メートル、後円部径約三七メートル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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