長岡百穴古墳(読み)ながおかひやつけつこふん

日本歴史地名大系 「長岡百穴古墳」の解説

長岡百穴古墳
ながおかひやつけつこふん

[現在地名]宇都宮市長岡町

長岡丘陵中の小谷に南面する裾部にある。凝灰岩の露出した岩面に横穴をうがって墓としたもので五二基を数える。だいたい三段状に造られ群集墓の様相を呈する。すでに損傷を受けているものが多く羨道・前庭などの原形を存するものは少ない。横穴入口は方一メートル前後で単室のものが多く、奥行二―三メートル、奥壁(玄室)には後世観音像や龕が彫込まれ、あるいは仏像が嵌入されている。そのため百観音ともいわれるが、当横穴墓群はおよそ古墳時代後期のものであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む