長根村(読み)ながねむら

日本歴史地名大系 「長根村」の解説

長根村
ながねむら

[現在地名]吉井町長根・下長根(しもながね)

東は大沢(おおさわ)川を隔てて吉井村・川内(かわうち)村に対し、西は甘楽(かんら)郡金井(かない)村(現甘楽町)、南は塩(しお)村・神保(じんぼ)村、北は片山(かたやま)村・本郷(ほんごう)村と接する。中央を東西に下仁田(しもにた)道(姫街道)が走る。長根の小字折茂(おりも)は「和名抄」多胡(たご)郡の織裳(おりも)郷に比定される。戦国末には小幡氏支族の長根氏や(「簑輪軍記」など)、神保氏や小河原氏の長根衆がみえる(永禄一〇年八月七日「神保昌光・小河原重清連署起請文」生島足島神社文書)。天正一三年(一五八五)一一月三日の上杉景勝宛行状(矢沢文書)で矢沢薩摩守に与えられた地に「長根」がある。

近世はおおむね小幡藩領。寛文四年(一六六四)の織田信久に宛てた朱印状(寛文朱印留)に村名がみえ、寛文郷帳では田方九三八石二斗余・畑方四八六石三斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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