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長沼宗敬 ながぬま むねよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長沼宗敬 ながぬま-むねよし

1635-1690 江戸時代前期の兵法家。
寛永12年5月28日生まれ。美濃(みの)(岐阜県)加納藩主戸田光重につかえ,甲州流などの兵法をまなぶ。明暦2年職を辞し,江戸にでて筑後(ちくご)久留米藩主有馬頼利に仕官。寛文8年致仕後,長沼流兵法を創始。晩年は播磨(はりま)(兵庫県)明石(あかし)藩の家老待遇となった。元禄(げんろく)3年11月21日死去。56歳。播磨出身。初名は広敬。通称は伝十郎,のち三左衛門,外記(げき)。号は澹斎(たんさい)。著作に「兵要録」「握奇八陣集解(しゅうげ)」。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

長沼宗敬

没年:元禄3.11.21(1690.12.21)
生年:寛永12.5.28(1635.7.12)
江戸中期の兵学者。長沼流兵学の流祖。松本藩(長野県)藩士の子。通称は伝十郎,三左衛門のち外記。澹斎と号す。松本藩主松平直政の転封により松江,明石と移るが,承応1(1652)年美濃加納藩(岐阜市)に仕える。若年より甲州流をはじめ日本兵法の諸流を学び,中国明代の兵学書『武備志』や『紀効新書』を愛読した。のち美濃加納藩を辞し,江戸に出て寛文6(1666)年ごろ『兵要録』を著して世に問うた。これによって練兵を主体とする長沼流兵学の地位を確立し,多くの門弟を育てた。なかでも佐枝尹重宮川忍斎が傑出,この2系は幕末まで栄えた。

(所荘吉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の長沼宗敬の言及

【兵法】より

…氏長と同門の小早川能久の門下には香西成資があって《武田兵術文稿》を著した。このほかの流派には越後流,信州流,楠流,上泉流,徂徠流などの名があげられるが,これら諸流を批判し,内外古今の兵法を参酌して一流を開いたのが長沼流の長沼宗敬で,《兵要録》はその代表的著作である。また林子平や平山子竜は海防を論ずるところがあったが,日本の水軍の兵法としては瀬戸内海賊の能島氏や菅氏の伝書が知られている。…

※「長沼宗敬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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