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明石 あかし

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明石
あかし

(1) 旧日本海軍が新造した唯一の工作艦。基準排水量 9000t。 1939年竣工,44年3月パラオで沈没。(2) 海上自衛隊海洋観測艦。正式名『あかし』。基準排水量 1420t。水深,潮流,海水温度,塩分などを観測,対潜水艦作戦の資料とする。

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デジタル大辞泉の解説

あかし【明石】

兵庫県南部、明石海峡に面する市。もと山陽道・四国街道の分岐点の宿駅で、松平氏の城下町日本標準時子午線の東経135度が通る所に天文科学館がある。人口29.1万(2010)。
源氏物語第13巻の巻名。光源氏27歳から28歳。須磨から明石への移住、明石の上との恋愛、帰京を描く。

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大辞林 第三版の解説

あかし【明石】

◇ 兵庫県南部、明石海峡に面する市。住宅地・工業地として発達。東経135度の日本標準時子午線が通過する。近世、小笠原氏一〇万石、のち松平氏の城下町。海浜は須磨とともに風光明媚をもって知られ、古来「明石潟」「明石の浦」「明石の泊とまり」「明石の浜」「明石の湊みなと」などと歌に詠まれた。⦅歌枕⦆ 「ほのぼのと-の浦の朝霧に島がくれゆく舟をしぞ思ふ/古今 羇旅
[1] 「明石縮ちぢみ」の略。
源氏物語の巻名。第一三帖。明石入道のもとに身を寄せた光源氏は、入道の娘と結ばれるが、召還の宣旨せんじを受けて、帰洛する。

あかし【明石】

姓氏の一。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明石
あかし

(たて)・緯(よこ)ともに絹糸を使った縮(ちぢみ)織の盛夏用着尺地。明石織、明石縮(ちぢみ)(絹縮)ともいう。織物組織は、経糸に生糸、緯糸に練った強撚(きょうねん)糸を使う片しぼの絹縮。中国から撚糸技法が伝来し、近世初頭から各地で縮織が生まれたが、この技法は寛文(かんぶん)年間(1661~1673)に播磨(はりま)国明石(兵庫県明石市)で織り始めたと伝えられ、地名が織物名となった。京都の西陣でも織られたが、その後明石の浪人堀次郎将俊(まさとし)が、技法を越後(えちご)に伝え、麻糸を素材とする麻縮(小千谷縮(おぢやちぢみ)、越後縮)を生み出した。1887年(明治20)ごろ新潟県十日町を中心に西陣の明石織を導入し、緯糸の強撚糸と仕上げ整理法を研究して絹縮生産に成功、十日町明石の名で知られた。十日町明石は絣(かすり)から縫取りや、両しぼのものまで改良を加え、1940年(昭和15)ごろまで織られ、その後市場から姿を消したが最近わずかながら復活している。[角山幸洋]

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