長福寺裏山古墳群(読み)ちようふくじうらやまこふんぐん

日本歴史地名大系 「長福寺裏山古墳群」の解説

長福寺裏山古墳群
ちようふくじうらやまこふんぐん

[現在地名]笠岡市山口・走出

市北部の小田おだ川流域にある前方後円墳を中心とした古墳群。にい山の谷の北西方を画する、南西から北東に向けて延びる山稜線上に連なっている。南西からななづか古墳群・ふたづか古墳・ひとづか古墳・仙人塚せんにんづか古墳・東塚ひがしづか古墳と並んでいて、昭和三六年(一九六一)に調査された。群中最大の双つ塚古墳は、南西に前方部を向けた前方後円墳で、長軸の長さ約六二メートル。墳丘上からは形象埴輪片が出土しているほか、墳丘をめぐる円筒埴輪列の存在が確認され、墳丘の周囲には空堀状の周湟が認められる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む