長谷川嵐渓(読み)はせがわ らんけい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長谷川嵐渓」の解説

長谷川嵐渓 はせがわ-らんけい

1814-1865 江戸時代後期の画家
文化11年生まれ。わかくして江戸にでて蘭学者大槻磐渓(おおつき-ばんけい)の門にはいり,絵を春木南湖にまなぶ。のち仙台の文人画家菅井梅関の山水の画風にひかれ門人となる。慶応元年5月9日死去。52歳。越後(えちご)(新潟県)出身。名は荃。字(あざな)は芳渓。別号に香峰,張嵐渓。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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