門上村
かどのうえむら
[現在地名]田主丸町上原
志床村の北に位置し、屋敷地は日田街道に沿う(上三郡絵図)。一里塚が設置されていた(在方諸覚書)。当村の一部は門上内町(のちの横町)として田主丸町に組入れられた。観応三年(一三五二)の安楽寺領注進状に当御代御寄進所として「門上村」がみえ、「御霊社寄進之、凶徒押領之」と記載される。本高は二四七石余(元禄国絵図)。「在方諸覚書」では古高三六〇石・役高七四二石。享保一二年(一七二七)の夏物成は大麦二二石一斗余・小麦一二石余・菜種六石余(「本地夏物成帳」中村家文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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