20世紀日本人名事典 「関本平八」の解説
関本 平八
セキモト ヘイハチ
大正・昭和期の植物学者 栃木県師範学校教諭。
- 生年
- 明治22(1889)年2月20日
- 没年
- 昭和44(1969)年1月18日
- 出生地
- 栃木県水橋村(現・芳賀町)
- 学歴〔年〕
- 栃木県師範学校卒
- 主な受賞名〔年〕
- 勲六等瑞宝章〔昭和18年〕,栃木県文化功労者表彰〔昭和24年〕
- 経歴
- 教員となり、栃木県下の中学校や女学校・師範学校教諭を歴任。この間に植物の研究を始め、県内をくまなく歩き回り、大正7年にヒメゼンソウ、昭和2年にクリヤマハハコなどの新種を発見した。5年には下野植物同好会を結成、その会長として植物の調査や植物知識の普及に尽力。自ら野山の調査行を先導したほか、牧野富太郎ら本田正次ら著名な植物学者を招聘して合同の野外調査を行うなど、会員の教育・指導にも熱心であった。22年に退職し、以後は私立下野中学校で教鞭を執りながら、植物研究に専念。24年に栃木県文化功労者として表彰された。長年に渡る研究の成果は「栃木県植物総覧」「続栃木県植物総覧」に集成されている。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報