関白陣跡(読み)かんぱくじんあと

日本歴史地名大系 「関白陣跡」の解説

関白陣跡
かんぱくじんあと

[現在地名]大口市曾木

川内(せんだい)川中流左岸、針持(はりもち)川と深(ふか)川とに挟まれた標高三〇七メートルを最高地点とするシラスの丘に築かれた陣城。豊臣秀吉は島津氏を平定し、天正一五年(一五八七)三月大坂城を出て四月二七日肥後から鹿児島に入り、五月二七日曾木(そぎ)・羽月(はつき)・山野(やまの)・小河内(こがわち)を経て肥後に出た。その間の五月二二日秀吉は鶴田(つるだ)城(現鶴田町)に入り(「九州御動座記」など)、二四日に先陣を曾木の天堂(てんどう)ヶ尾(お)に派遣した。彼らは川内川を渡り大口城に向かうとみられていたが洪水のためか川を渡らなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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