阿万庄(読み)あまのしよう

日本歴史地名大系 「阿万庄」の解説

阿万庄
あまのしよう

「和名抄」所載の三原郡阿万郷の郷名を継承したとみられ、現南淡町南部の阿万を冠する一帯から諭鶴羽(ゆづるは)山および沼(ぬ)島を含んでいた庄園。貞応二年(一二二三)の淡路国大田文に「得長寿院并八幡宮御領」として阿万庄とみえる。田一〇三町(うち本庄一〇〇町・沼島三町)と畠からなり、浦二ヵ所と諭鶴羽山(熊野権現本山)があった。本家は皇室、領家は鳥羽院御願寺の得長寿(とくちようじゆ)院(現京都市左京区)と山城石清水(いわしみず)八幡宮で、地頭は承久の乱まで淡路国御家人の兵衛尉以忠、乱後に木村太郎が補任されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む