阿万庄(読み)あまのしよう

日本歴史地名大系 「阿万庄」の解説

阿万庄
あまのしよう

和名抄」所載の三原郡阿万郷の郷名を継承したとみられ、現南淡町南部の阿万を冠する一帯から諭鶴羽ゆづるは山および島を含んでいた庄園。貞応二年(一二二三)淡路国大田文に「得長寿院并八幡宮御領」として阿万庄とみえる。田一〇三町(うち本庄一〇〇町・沼島三町)と畠からなり、浦二ヵ所と諭鶴羽山(熊野権現本山)があった。本家は皇室、領家は鳥羽院御願寺の得長寿とくちようじゆ(現京都市左京区)と山城石清水いわしみず八幡宮で、地頭は承久の乱まで淡路国御家人の兵衛尉以忠、乱後に木村太郎が補任されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む