日本歴史地名大系 「阿内宿村」の解説 阿内宿村あうちしゆくむら 群馬県:前橋市阿内宿村[現在地名]前橋市亀里町(かめさとまち)北は龍門(りゆうもん)村、東は端気(はけ)川で下佐鳥(しもさどり)村に対し、南と西は寺家(じけ)村。寛文郷帳に田方七五三石九斗余・畑方一四九石三斗とある。寛文一三年(一六七三)の田一八町三反余・畑四町六反余(「検地帳」前橋市役所蔵)。元禄二年(一六八九)の田一九町一反余・畑七町余(「検地帳」同市役所蔵)。明治三年(一八七〇)の村明細帳(下阿内町有文書)によれば、高二五八石五斗余、田一九町六反余・畑六町七反余で、田方のうち三町一反余は畑となっている。家数二四。用水堰一があり、田一〇〇町ほどへ水を掛けており、一〇ヵ村寄合堰である。また五間ほどの板橋は当村・龍門村・矢島(やじま)村・阿内村・寺家村の五ヵ村寄合橋であった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by