阿曇比邏夫(読み)あずみのひらふ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「阿曇比邏夫」の意味・わかりやすい解説

阿曇比邏夫
あずみのひらふ

大和時代武将。阿曇山背連比良夫(あずみのやましろのむらじひらふ)ともいう。舒明天皇13(641)年に百済に派遣され,百済使人,大仁地位にあった。舒明天皇の崩御(641)により帰国,百済の国情を報告した。中大兄皇子(天智天皇)称制の 661年,前将軍に任ぜられ,後将軍阿倍比羅夫とともに百済を救援した。さらに天智1(662)年,大将軍・大錦中に任ぜられ,百済を救援したが,翌天智2(663)年,白村江に唐・新羅連合軍と戦って大敗を喫した。

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