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阿倍比羅夫 あべのひらふ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

阿倍比羅夫
あべのひらふ

古代水軍の将。阿倍引田臣,阿倍枚吹とも書く。大化改新後の朝廷の北方進出,蝦夷平定に大きな役割を果した。崇峻2 (589) 年,北陸道に派遣され越などの諸国を巡察。斉明4 (658) 年水軍 180隻を率いて蝦夷を討ち,飽田 (あぎた) ,渟代 (ぬしろ) 2郡を下す。

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デジタル大辞泉の解説

あべ‐の‐ひらぶ【阿倍比羅夫】

古代の武将。7世紀中ごろ、斉明天皇の時日本海沿岸の蝦夷(えぞ)を討ち、天智天皇の時百済(くだら)救援のため新羅(しらぎ)と戦ったが、白村江(はくすきのえ)の戦いで敗れた。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

阿倍比羅夫【あべのひらふ】

斉明・天智朝の武将。生没年不詳。658年―660年の間日本海岸を北進して蝦夷(えみし)を征伐し,さらに渡島(わたりのしま)(北海道南部とする説や本州北端の津軽半島北部とする説などがある)にわたり,粛慎(みしはせ)を討ったと《日本書紀》は伝えている。
→関連項目阿倍氏皇極天皇

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

阿倍比羅夫 あべの-ひらふ

?-? 飛鳥(あすか)時代の武人。
阿倍宿奈麻呂(すくなまろ)の父。斉明天皇4年(658)ごろ越(こし)国守として,齶田(あぎた)(秋田),渟代(ぬしろ)(能代)の蝦夷(えみし),さらに粛慎(みしはせ)を討つ。のち阿曇(あずみの)比羅夫とともに百済(くだら)(朝鮮)救援にむかい新羅(しらぎ)を討ったが,白村江(はくそんこう)で唐(とう)(中国)とたたかい敗れる。のち筑紫大宰帥(つくしだざいのそち)となり,大錦上にすすんだ。本姓は引田(ひけた)。

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世界大百科事典 第2版の解説

あべのひらふ【阿倍比羅夫】

7世紀中期の武将。生没年不詳。とくに水軍をひきいる。引田系の阿倍氏大化改新後の本格的蝦夷経営の先頭になる。658年(斉明4)船師180艘をひきいて,日本海沿岸を遠征,齶田(あいた)(飽田(あきた)),渟代(ぬしろ),津軽方面の蝦夷を討ち,郡領などを定めたとある。しかしこのことを伝える《日本書紀》にはこれを粛慎(みしはせ)を討つとする記述も見られ,史料に2種類あり,さらに同種の記事が659,660年にもあることから,これが正確に歴史的事実を記録したかも問題になっている。

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大辞林 第三版の解説

あべのひらぶ【阿倍比羅夫】

古代の水軍の将。蝦夷えぞ・粛慎みしはせを討ち、大化改新後の蝦夷経営に従事。白村江はくすきのえの戦いに出陣したが大敗。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

阿倍比羅夫
あべのひらふ

生没年不詳。斉明(さいめい)天皇時代の将軍。阿倍引田臣(ひけたのおみ)という阿倍氏支族の出身。658年(斉明天皇4)船師180艘(そう)を率いて蝦夷(えみし)を討ち、齶田(あぎた)(秋田)、渟代(ぬしろ)(能代)2郡の蝦夷を従わせ、渟代、津軽2郡の郡領を定め、渡嶋(わたりのしま)(いまの北海道)蝦夷を饗(あえ)した。当時彼は越(こし)国守であったが、同年、翌年二度粛慎(みしはせ)国を討ち、後方羊蹄(しりべし)を政所(まつりどころ)とした。660年三度目の粛慎征伐を行い、夷(えびす)50余人を献じた。662年(天智天皇1)に将軍として百済(くだら)救援に赴き、翌春2万7000人の兵を率い唐軍と白村江(はくすきのえ)に戦い、敗れた。[横田健一]

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