阿気村(読み)あげむら

日本歴史地名大系 「阿気村」の解説

阿気村
あげむら

[現在地名]大雄村阿気

東は村、西は雄物川を隔てて大森おおもり(現大森町)横手から大森を経て保呂羽山波宇志別ほろはさんはうしわけ神社に至る街道に沿う村。

正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に村名がみえ、享保一四年(一七二九)の平鹿郡御黒印吟味覚書(秋田県庁蔵)に、正保の高帳には安毛村と記したとある。村名の由来について文化一二年(一八一五)の「秋田風土記」に「甲台といふ地名有、康平五年義家朝臣金沢の城安部一族退治の時、沼館より此村に人数を引上る、よりて挙ケの里と号す」とあって康平五年(一〇六二)前九年の役の安倍貞任と、寛治元年(一〇八七)金沢柵かねざわのさく(現横手市金沢)で滅ぼされた後三年の役の清原武衡・家衡を混同して伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む