阿波崎村(読み)あばさきむら

日本歴史地名大系 「阿波崎村」の解説

阿波崎村
あばさきむら

[現在地名]東村阿波崎

北は霞ヶ浦の旧入江(現在は干拓地)に面し、東は下須田(しもすだ)村・上須田村。「常陸国風土記」に記される乗浜(のりはま)村の地に比定されている。中世は東条(とうじよう)庄に属し、建武五年(一三三八)一〇月日の烟田時幹軍忠状案(烟田文書)に「阿波崎城」とあり、同年九月に東条庄に漂着した北畠親房らが一〇月に北朝方の鹿島一族と同城で戦い、落城している。また応安年間(一三六八―七五)の海夫注文(香取文書)には「東条庄内一方」として「阿波崎津」がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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