阿胡浦(読み)あごのうら

日本歴史地名大系 「阿胡浦」の解説

阿胡浦
あごのうら

「万葉集」巻一五に「阿胡の浦に舟乗りすらむ娘子らが赤裳の裾に潮満つらむか」の歌があるが、後世の歌学書「五代集歌枕」「八雲御抄」はこれを証歌として長門国の名所としている。しかしこの阿胡浦は広島県倉橋くらはし(長門島)かとも考えられ、また巻一三には「阿胡海」を「長門浦」と同義に詠み込んでいる長歌もあり、確定できない。

天正一五年(一五八七)居城の丹後田辺たなべ(現舞鶴市)を立って日本海を海岸沿いに九州に赴いた細川幽斎の「九州道の記」によれば、長門国に入るとまず「かり島」(現阿武郡田万川町付近か)、「小畑と云湊」(現萩市椿東)を経て、「あこの浦波たかくきこえければ」として、

<資料は省略されています>

と詠んでいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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